2025.10.23

秋も深まり、紅葉が川面を映すこの頃。 伏見の工房の隅に、ひときわ鮮やかな紅を灯す草を見つけ申した。 名をローゼル。紅葵(こうき)とも呼ばれる南の客人にて、 その萼(がく)は紅玉のように透き通り、酸の香を湛えておる。
このローゼル、花は一日で散れど、 その萼がふくらみ、深紅へと染まりゆく。 香りはレモンや木苺のように清らかで、 酸味の中に若草を思わせる気品がある。 煮出せば、酸香(さんこう)と共に紅の色が立ち、 まるで秋の残照を湯気に閉じ込めたかのようでござる。
拙者、この紅を逃すまいと酢に漬けてみた。 一夜にして酢は琥珀のごとく紅を宿し、 香は柔らかく、酸味はまろみを帯びる。 その「ローゼル酢」は、焼売のタレに混ぜても、 餃子の口直しにも、彩りと香の妙を添える逸品となる。 酢の清涼に紅の艶。これを見て「食の工芸」と呼ばずして何と申そう。
工房では今、ローゼル酢を用いた「紅酢焼売」なるものを試作中。 酸の香が肉の甘みを引き立て、皮の湯気に紅を映す。 蒸籠(せいろ)の湯に乾燥ローゼルを一片浮かべれば、 蒸気にほのかな香が乗り、まさに“香りの蒸気”と化す。 これぞ、職人の遊び心にして、京の点心の新たな趣でござる。
古より赤は邪を祓い、命を守る色とされる。 寒気深まるこの時節、紅を添えた膳は、 心を温め、冬を迎える支度ともなる。 一口の焼売に湯気が立ち、ほのかな酸香が鼻をくすぐれば、 それだけで秋の名残が一瞬に甦る。 これこそ、「湯気こそ馳走、香りこそ余情」――拙者の信条にて候。